親知らずを抜いた話

マレーシアに行くことが決まった時、赴任中にトラブルが起きないよう、歯医者に行って悪くなりそうなところは全部治療しました。子供の頃から虫歯だらけで、治療の跡がいっぱいですが、かろうじてこれまで永久歯を抜いたことはなく、4本の親知らずを含めて32本の歯は一応全部揃っていました。ほぼ根っこだけというのもありますけど。

せっかく日本で治して来たんですが、マレーシアに赴任後2か月ほど経った頃、お気に入りの店で昼食にナシ・チャンプルー(ご飯にいろんな惣菜をのせたもの)を食べている時、ガリッとやってしまいました。鶏肉を食べていたら小さな骨が残っていたんです。マレーシアではよくあることで、気をつけなければならないんですが、ガツガツ食べてしまったんです。

左下、奥から3本目の奥歯は虫歯跡に金属の詰め物があり、その上に小さな鶏の骨が乗ったところを思いっきり噛んでしまいました。その時の痛さはもちろん大変でしたが、その後痛みはおさまったので、何かダメージを受けたのは間違いないもののなんとか次の一時帰国までもたせて、日本で治そうと様子を見ることにしました。

しかし、1日、2日と経つうちに強烈な痛みが繰り返すようになりました。特に数日後、性懲りもなく同じ店で汁物のパンミー(きしめんみたいな平べったい麺)を食べた時、熱い汁が沁みたとたんに激烈な痛みが襲いかかりました。しばらく動けなくなり、もう少しで気絶するかも。。。というほどに。その後痛みはおさまらなくなり仕事も何も手につかなくなってしまいました。

どうやら、鶏の骨が金属の詰め物を押し込み、これがくさびのようになって歯が縦に割れてしまったみたいなんです。

これはもうダメだと思い、諦めてマレーシアの歯医者に行こうと、人に聞いたりネットで調べたりして探したクリニックに行きました。

もう、これは抜くしかない、31本になるのも仕方がないと諦め、さっそく医師に「早く痛みを止めてくれ、抜いていいから」と言ったつもりですが、この医者は「この歯はなんとか残せると思う」との答え。なに!抜かずに済むのかと喜んだのもつかの間、次に出てきた言葉は「この奥の親知らずを抜くべきだ」でした。

実は割れた歯から1本おいた一番奥の親知らずは、斜めに倒れた形で隣の歯を押すように生えていて、日本で歯医者に行くたびに「これ抜きましょう」と20数年間言われ続けた歯でした。そのたびに「いえ、結構です」「虫歯にもなってないし、20年以上なんの問題もないので抜かないでください」と毎回頑なに抜歯を拒んで来たものでした。ちなみに、赴任前に行った近所の歯医者とはこの一件で険悪になり、その後行かなくなってしまいました。

しかしこの時ばかりは、抜く気満々の医者を相手に、親知らずとか虫歯とか使ったこともない単語を辞書で調べながら英語で議論するなんて余裕はとてもなく、とにかく早く痛みをなんとかしてくれと、あっさり降参してしまいました。

それから、がっちりと根をはった親知らずを変な角度で抜くという想像したくもない作業が始まりました。

医者は割れた方の歯の処置もほどほどに親知らずに取り掛かりましたが、案の定、手こずりました。あの手この手で抜きにかかっても上手くいかず、途中でしばらく休憩して苦笑いをする始末。おいおい途中で諦めてくれるなよと思いながら、こちらもそのうち抑えが効かなくなり、恥も外聞もなく大きな呻き声をあげながら、椅子の上で悶絶しそうになっていました。

結局、割れた方の応急処置も含めて2時間半ぐらいかかったと思います。

抜けた時、ペンチの先の歯を見て医者が「ベリー・ビィーーーッグ!」ととっても嬉しそうに叫び、助手と笑いあっていたのが印象的でした(ちなみにどちらも女性)。

近代的できれいな処置室でしたが、異国の地で窓が無く密室っぽい部屋の中で大きな呻き声を上げ、長時間にわたってドリルやペンチで治療を受けたことは、それだけでちょっとトラウマになりそうな経験でした。ずっと守り通してきたあの親知らずを失ったショックもあったし。

誤解のないように言っておくと、マレーシアの私立の医療機関のレベルは決して低くはありません。外国からの医療ツアーを積極的に受け入れているほどです。公立の医療機関には行ったことがありませんが、私の知る限りでは評判はあまりよくありません。ただし医療費はほとんどタダに近いそうです。

私は私立の歯科クリニックに行ったのですが、たまたまこの時の歯科医の腕は良くありませんでした。実はこのあと数週間かけておこなった割れた歯の処置に問題があり、それは今も少し引きずっています。

マレーシアの医療機関に行く時には注意しないといけないことがあります。日本だと病院といえば一つの組織になっていて、医者は病院に勤務しているという形が普通ですが、マレーシアの病院では、病院が建物や設備を提供し、医師はテナントとしてその場所に入って独立して営業するという形をとっています(例外もあると思います)。なので、評判を聞く際には病院の評判もさることながら、個々の医師の評判を聞く必要があり、その上でその医師を指名して受診できないと意味がないということになります。

私が行ったクリニックもこのタイプで歯科医が何人も営業していました。そんな仕組みをよく理解せずに、とにかく痛みをとって欲しいと医者も指名せずに飛び込んだ私は、人気のない空いている医師にまわされたんですね。

でも、親知らずは抜かれましたが、この日痛みを取ってくれたことには感謝しているんです。その後の処置もずるずるとやってもらったことは後悔しましたが。。。

アンパンという地名の由来

ジャラン・アンパン(Ampang)、アンパン・パーク、アンパン・ポイントなど、クアラルンプールにいるとよく聞くけど、日本人としてはつい「えっ?」と反応してしまう「アンパン」という地名。

クアラルンプールの地図を広げると、KLCC(有名なツインタワーがあるところ)の前を通る道路がジャラン・アンパン、それを右の方にたどって1kmも行かないうちにアンパン・パークという駅があります。

そして、KLCCから4kmあたりがアンパン・ポイントと呼ばれ、そのあたりはアンパン・ジャヤと呼ばれる地域になっています。アンパン・ジャヤはもうクアラルンプールではなく、セランゴール州なんですね。いま気付きました。

このアンパンという地名、20数年前から私にとっては謎だったのですが、マレーシア人何人かに聞いてその由来がやっとわかりました。堰とかダムという意味の「empanganというマレー語が訛ってAmpangになったそうです。

ご存知のとおりクアラルンプールは昔スズの採掘で発展しましたが、このあたりに有数のスズの採掘地があったそうで、今のアンパン・ポイントあたりからBukit Belacan(地図ではより右の方、山に近いところだと思われる)という場所まで、堰が作られていたそうです。当時スズの採掘をしていたのは主に中華系の人たちで、マレー語の発音があまりうまくなかったことから、訛ってampangになり、それが地名として定着したとのこと。

聞かされてみれば、クアラルンプールの発展との歴史的関係はわかるものの、取り立ててどうこう言う話でもなく、マレーシア人に聞いても多くは知らなかったり、中国語の地名からきたのではないかという人もいたりして、認知度はかなり低めでした。ちなみに、中国語では「安邦」という字を当てているようです。私は日本人だから気になっただけで、例の「あんぱん」の存在を知らない人にとっては単なる地名の一つですから、由来など知らなくてもあたりまえですよね。

でも、何ということはなく、もちろん日本とは何の関係もありませんでしたが、私としては20数年来の謎が解けたのでちょっと満足しています。

マレーシアの冷房について

電車の記事を書いていて思い出しました。クアラルンプールで電車に乗ろうとすると、よく乗客が扉の前に何人も立ったまま、乗り込もうとする人の邪魔になっているのに出くわします。

中がガラガラに空いているのに奥に入らないので「電車に乗り慣れていないんだな」と思い、「ひとつ電車の乗り方のマナーを教えてあげよう」と余計な事を考え、自らこの人たちをかき分けて奥に入ってしまうことが時々あります。

しかし、割と高い確率で「しまった」と後悔することになります。

空いているのにはちゃんと理由があって、その部分がエアコンの吹き出し口の真下になっているんです。特に列車の連結部付近や先頭車両の一番前あたりが厳しい寒さに晒されています。

季節変動があって雨期などに雨が続いて外の気温があまり上がっていないときの冷気は半端のない冷たさで、わずか10分ほどの乗車時間でも心臓がどうかなるんじゃないかと心配になってしまうほどです。

マレーシアに来たことがある人、特に仕事で会議室に入ったことがある人はよくご存知だと思いますが、マレーシアの会議室の寒さは尋常ではありません。陽が射さない大きな会議室に、たまたま他に場所が無いということで4〜5人の少人数で入って会議をすると、冷え性の私の手は1時間後には紫色になってしまいます。

なぜこんなに冷やすのかと思いますが、まず、いまほど経済が発展していなかったころにはきっと冷やすことは贅沢であり、お客さんを呼ぶ時のもてなしだったんじゃないかと想像します。その名残がいまも続いているんじゃないでしょうか。

それから、設備の問題もありそうです。大きなビルでは冷気はダクトを通じて供給されますが、古いビルや間仕切りをあとから追加したような部屋では冷気の吹き出し量の調整ができなかったりします。

陽のあたる部屋と窓もない部屋では温度が全然違うので、陽の射す部屋に冷気の温度を合わせてしまうと、ほかの部屋では白熊とペンギンしかくつろげないような状況になるんでしょう。

そしてもう一つ大きな理由なのではないか、と思うのがマレーの女性の服装です。

ご存知のとおり、マレーの女性はムスリムなので、ほとんどの人は頭にトドンと呼ぶスカーフのような布を被り、肩まで覆ってしまいます。また、肌をできるだけ出さないように長袖で裾の長い服を着ます。

話を聞くとトドンを一日中身につけているのは結構大変で、冷房した部屋でも温度が高めだと汗がじとっとにじむようになることもあるそうです。

そう、彼女たちはそもそも冷気に直接肌がさらされるということがほとんどないんです。特にトドンは首筋から肩にかけて一番寒さを感じやすい部分を覆っているので、冷気には強いと言えるでしょう。


トドン
(これしか写真がなかった m(_ _)m)

マレーシアの冷房は彼女たちに合わせているというと言い過ぎだと思いますが、多民族国家で互いに寛容であろうとするマレーシア人はある程度そういうことを意識しているのではないかと思います。

実際、オフィスで働く男性は熱帯の国であるにも関わらず、ほとんどの人が長袖のシャツを着て仕事をしています。もちろん通勤もそのままです。

半袖シャツを着ているのは私のように来たばかりの外国人だったりします。私も最初の頃は熱帯なんだからと半袖シャツを着ていましたが、ほどなく長袖シャツを着るようになりました。

こんなマレーシアの冷房事情ですが、慣れてくるとこれが普通になり、たまに夏に一時帰国した時には日本のオフィスの温度設定が28℃で、冷房をかけているのに汗だくになったりするので、「もっとキリッと冷やさんかい!」と文句を言いたくなったりするのでした。