兼高かおる世界の旅の思い出

兼高かおるさんが先日お亡くなりになりました。とても残念です。

まだ小さい子供の頃、両親が「兼高かおる世界の旅」がとても好きで、毎週日曜の朝に一緒にテレビを見ていました。3〜4歳の頃にはもう見ていたはずです。小さな家だったので、ときには布団に入ったまま家族みんなで見ていました。

カラー放送は始まっていたかもしれませんが、最初は白黒のテレビで見ていたあの番組の雰囲気はよく覚えています。「80日間世界一周」のテーマ曲とパンナムの宣伝も強く印象に残っています。

子供だったけれど、これは外国の映像でとても自分が行けるところじゃないんだとは理解していました。でも、毎週とても楽しみにして興味を持って見ていたのは、家族の平和な時間と結びついていたからかもしれません。

それから、外国とは全く縁なく20年を過ごした大学生の頃、海外旅行をする夢を何度も何度も見るようになりました。抑圧されていたんですね。きっと、この番組の影響で子供の頃からずっと外国にあこがれを持っていたのに、まったく海外に行く機会なんてない自分にだんだん焦りを感じてきたんだと思います。

けっきょく、卒業間際に大学の先生にお金を借りて友人とヨーロッパに3週間ほど行ってから、その夢はパッタリと見なくなりました。でも、その後の仕事選びでも外国へのあこがれはしっかり影響を及ぼしています。マレーシアとの縁は「兼高かおる世界の旅」と間違いなく結びついています。

いまでもあの頃のことを思い出すと、あの時代の雰囲気がよみがえってきます。うちは貧しかったけれど、社会には右肩上がりの希望が満ちていたことは子供ながらに感じていました。こんなことを言うとは歳をとったんですね。

国際化とは全く関係なさそうな地方都市に育った私に、世界への扉を開いてくれた兼高かおるさんとこの番組にはとても感謝しています。

ご冥福をお祈りします。

 

 

 
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駐車場には苦労します

マレーシアに合計5年半住んで、交通違反で3度罰金を払いました。うち、2回はマラッカでの駐車違反。2度ともKLから車で遊びに行って、観光地の近くの路上に枠線が引いてある場所に停めた時です。

ちょっと考えればそんな場所の駐車スペースが無料なわけはないんですが、朝早い時間に行ったらガラガラで「おっ、早く来たから無料の駐車スペースがゲットできた!」と喜んで停めてしまいました。

だって、周りには何も書いてないし駐車料金の支払いをする機械もないし、てっきり無料なんだと思い込み帰ってみるとワイパーに切符が挟まっていました。

あとで駐車している他の車を見たら、銀色のスクラッチ式?のパーキングクーポンを事前に買って、ダッシュボードに置いておくんですね。このスクラッチ式は使ったことがないし、そもそもどこでそんなもの売ってるのかわからないし(コンビニなどで売っているらしい)、適当に車を停めたら痛い目にあいました。

この時の罰金そのものは大した額ではないけれど、駐車違反のチケットの説明はマレー語のみで、その場で苦労して読んだらどうもマラッカの当局に直接支払いに行かねばならない。しかもその日は休日で開いていないし、これからすぐにKLに帰らねばならない。

というのが2回目の状況。1回目は20年前なので良くおぼえていないけれど同じような状況だったと思います。結局2度ともKLでマレーシア人の友人に頼んで処理してもらいました。全く同じミスを同じ場所でしてしまうなんて我ながら情けないものです。

路上に駐車する時のもう一つの料金徴収方式が、近くにある機械でチケットを買ってダッシュボードに置いておく方法。


パーキングチケットを買う機械
最近はこんな形の機械が多い
Touch'nGoというプリペイドカードでも払えるし、スマホアプリでも払えるようだ
昔は一台ずつのパーキングメーターもあったが最近は見ないようになった

KLでは以前はこういう機械は壊れていないほうが珍しかった気がするので、少しの時間ならそのまま車を置いていましたが、最近はしっかりと動いていますね。しかも駐禁の取り締まりをしょっ中やってるのを見るので、チケットを買わざるを得ません。


機械で買ったチケット、必要な時間分だけ買う

しかしどうも億劫になってしまうのは、操作方法が全てマレー語なんです。交通標識ももちろんそうですが、これらについては外国人向けにはなっていません。


このエリアの駐車場の説明書き
黄色い文字は料金を適用する市街地の区分が書いてあるようだ
(ここはKLの最中心部に次ぐエリア)
月曜〜土曜日(日曜と通常の祝日を除く)
7:30〜18:00
料金は1時間あたり1リンギット

駐車場のしくみについてはよくわからない部分があるので、私は長時間停める時にはできるだけショッピングモールの中の駐車場に停めてしまいます。

料金は高めでも時間制限があるよりいいし、ガラスを割られて盗難に会う確率もたぶん屋内の方が低いので。


大きな屋内駐車場の時は、場所を忘れて迷ってしまわないように近くの柱の写真を撮る

 

 

 
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初めて車を運転したのはマレーシアでした

1995年、車の免許を取ってから7年間ペーパードライバーだった私が初めて公道を運転したのはマレーシアでした。職場の前任者から車を譲り受け、初ドライブはオフィスのあるビルから自宅まで。同僚の車に先導してもらってなんとかたどり着いたように記憶しています。

その前の1週間ほどもその同僚の車に乗せてもらって通勤し、会社までの道をひたすら覚えました。そして、通勤デビュー。全くの一人で40分ほどの道のりを会社に向かった時のことはよく覚えています。当時の交通状況も今とさほど違いはなく、車はビュンビュン走るか渋滞するかのどちらかでした。


これに乗っていたわけではない

その最初の出勤では緊張の極限で案の定道を間違え、見知らぬ場所に迷い込みました。会社のビルは遠くに見えているけれど、どうしてもたどり着けません。仕方なく車を停め、当時使われ始めた携帯電話を初めて使って遅刻の連絡をしました。あまりの緊張で吐き気がしたのをよく覚えています。

こんな公道デビューをしてから3年間、月に1,000kmぐらいのペースで車を運転しましたが、苦労したのはやはり道の複雑さです。今もクアラルンプールの道を運転した人はよくわかると思いますが、KLの道は極端に複雑です。道路は不規則に入り乱れ、東西南北に直線道路が交わるようなわかりやすい場所はまずありません。

これに加えて、運転の初心者には特に辛いのが交差点がとても少ないことです。街の中心部を除くと道路が交わるところは立体交差を多用しているので、高速道路のインターチェンジのように一度間違えるととんでもない方向に行くしかなくなってしまいます。ハイスピードで流れている道でレーンチェンジが間に合わず、意図しない道に入ってしまうこともしょっちゅうありました。

そんな時は、路肩に停めると危険なので、次の分岐で幹線を離れてなんとか車を停められる場所を見つけて地図を広げていました。でもこの時使っていた地図は当時出たばかりの最新の道路地図でしたが、とっても大雑把でどっちに行けばいいかなんとなくしかわからず、ないよりはマシ程度のものでした。

そんな時の心強い味方が当時まだオープンしていなかったKLタワー。街をはずれて全く知らない場所に出てしまったとき、KLタワーが見えれば「あそこを目指せば帰れる!」とちょっと安心できました。今でいうとツインタワーみたいなもんですね。


KLタワー
1996年開業だが、建物は1995年にできていた
最初は存在を知らなかったが、知ってからはランドマークとして利用した

それから、ラウンドアバウトも最初は苦労しました。交差点でぐるぐる回りながら目的の道に入って行くというロータリーのことですね。当時は今よりもたくさんのラウンドアバウトがありました。

円になった部分は普通2車線になっていますが、最初はルールがわからず、ずっと外側の車線を走っていたら内側から出てくる車に衝突されそうになることもしばしば。また、内側の車線に入ったまま外に出るタイミングがつかめずに2~3周することもよくありました。

日本と同じ左側通行で右ハンドルのマレーシア。そこだけは助かりましたが、初めて運転するにはタフな国だと思います。特に事故も起こさずに過ごせたのはラッキーだったのかもしれません。

そんなマレーシアですが、4年前に再度KLで車を運転した時は隔世の感でした。カーナビの威力は絶大です。道に迷う心配がないので運転に集中できるようになったと思います。

でもKLの道路事情は20数年前とそんなに変わっていませんね。道路は少し整備されて走ってる車もきれいになり、渋滞もやや減ったように思いますが、道の複雑さはぜんぜん変わっていませんから。



斜めの線を引いてある部分は、住宅地によくあるスピード抑制のためのハンプ(かまぼこ型の盛り上がり)
10〜15cmぐらいの高さだが、夜中に気づかずに突っ込むとものすごい衝撃を食らう

 

 

 
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